旭川地方裁判所 昭和43年(ワ)683号 判決 1970年2月09日
主文
一、被告平尾芳春は、原告に対し、別紙目録記載の建物につき、旭川地方法務局昭和三二年一〇月七日受付第一二三一三号所有権移転請求権保全仮登記に基づく本登記手続をせよ。
二、被告的場光義は、原告に対し、前項記載の本登記手続を承諾せよ。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
原告は主文同旨の判決を求め、被告らはそれぞれ請求棄却の判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
(一)、被告平尾は、昭和三二年五月一日、訴外板林照夫との間で、同被告所有の別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という)につき、予約完結権行使の期間を定めず代金を一〇五万円とする売買予約を締結し、同年一〇月七日、板林のため右売買予約に基づき主文第一項記載の所有権移転請求権保全の仮登記が経由された。
(二)、原告は、昭和四三年一〇月一五日、板林から右売買予約上の権利の譲渡を受け、旭川地方法務局昭和四三年一〇月二五日受付第三四〇一七号をもつて前記仮登記につき移転の附記登記を経由した。
(三)、原告は、被告平尾に対し、昭和四三年一〇月三一日内容証明郵便をもつて、本件建物につき売買予約完結の意思表示をなし、右は同年一一月二日同被告に到達した。よつて本件建物の所有権は同日原告に移転した。
(四)、被告的場は、本件建物につき、
1、旭川地方法務局昭和四三年一月二三日受付第一七二一号条件付所有権移転仮登記、
2、同法務局同四二年一二月一九日受付第四一四六八号根抵当権設定登記、
3、同法務局同四三年一月二三日受付第一七二二号賃借権設定登記、
4、同法務局同年三月六日受付第七一一三号根抵当権設定登記
の各登記名義人である。
(五)、よつて原告は被告平尾に対し本件仮登記に基づく本登記手続を、被告的場に対し右本登記手続についての承諾を求める。
二、被告平尾の答弁
請求原因事実は全部認める。
三、被告的場の答弁・主張
請求原因第一項中、原告主張の登記がなされていることは認めるがその余は否認する。
同第二項中、附記登記経由の点は認め、その余は否認する。
同第三項は否認。
同第四項は認める。
訴外板林のためになされた前記仮登記は、訴外板林が平尾に対して有していた債権を担保するためのものであり、真の売買予約がなされた事実はない。
被告的場は昭和四二年一二月一四日被告平尾に金一〇〇万円を貸与し、本件建物につき請求原因第四項1ないし3記載の各登記をしたものであるが、右貸付にあたり板林名義の仮登記について被告平尾に問合せたところ、右は債権担保のためのもので当時の残債務は三〇万円であるとのことであつたので、その言を信じて右貸付をなし、さらに昭和四三年三月六日金一〇〇万円を右平尾に貸与して請求原因第四項4の登記をしたものである。
しかるに被告平尾が右借受金の返済をしないので、被告的場は昭和四三年一二月本件建物につき旭川地方裁判所に競売の申立をしたが、右申立にあたり前記板林に債権額を問合せたところ、元利合計金四〇万円である旨の回答を得た。本件建物の価格は金五〇〇万円以上であるのに、原告は右板林から僅か金四〇万円で本件建物に関する売買予約上の権利の譲渡を受けたものであり、もしこれが有効だとすれば被告的場の債権の回収は不可能となるのであつて、かかる原告の譲受行為は公序良俗に反する暴利行為として無効である。
四、右に対する原告の主張
訴外板林名義の仮登記が債権担保のためのものであること、本件建物の価格が金五〇〇万円以上であること、原告が訴外板林から金四〇万円で権利を譲受けたこと、右譲受行為が公序良俗に反する暴利行為であることはいずれも否認する。その余の事実については知らない。
なお、原告は被告平尾に対し左記の債権を有するところ、昭和四三年一〇月末頃同被告に対し右債権と本件建物の代金債務とを対等額で相殺する旨の意思表示をした。
記
1. 金二、一八九、〇〇〇円
被告平尾が昭和三九年中に訴外西朝松より借受けた金八〇万円(利息月四分)につき、原告が同被告の保証人として昭和三九年一二月より同四三年一〇月までの間に右訴外人に支払つた元利金合計二、一八九、〇〇〇円の求償権。
2. 金四〇〇、〇〇〇円
被告平尾が訴外板林より借受けた金一〇五万円につき、原告が同被告の委託を受けて昭和四三年一〇月一五日立替払した金四〇万円の立替金債権。
3. 金七五〇、〇〇〇円
被告平尾が代表者であつた有限会社平尾重機が金融を受けるため原告宛振出し、原告が裏書の上旭川市農協で割引を受けた合計金七五万円の約束手形三通が不渡となつたため、原告が昭和四三年六月頃同被告に代つて旭川市農協に右金員を支払つた立替金債権。
4. 金三〇〇、〇〇〇円
被告平尾が訴外中川仁平宛振出した約束手形が不渡となつたため、原告が同年六月頃同被告に代つて右訴外人に支払つた手形金三〇万円の立替金債権。
5. 金五五〇、〇〇〇円
原告が昭和四三年九月から一〇月にかけて旭川市農協から借受けた上被告平尾に貸与した貸金五五万円。
6. 金九五〇、〇〇〇円
被告平尾が本件建物に抵当権を設定した上旭川信用金庫から借受けた金一五〇万円につき、原告が昭和三五年から同三七年七月頃までの間に元利金計九五万円を同被告に代つて同金庫に支払つた立替金債権。
五、右に対する被告的場の主張
すべて否認する。
第三、証拠(省略)
理由
第一、被告平尾に対する請求原因事実は同被告と原告の間に争がない。これによると同被告に対する原告の請求は正当である。
第二、被告的場に対する請求について判断する。
一、本件建物につき、原告主張のような訴外板林のための所有権移転請求権保全の仮登記、原告のための右移転の附記登記、被告的場のための条件付所有権移転仮登記ほか三件の各登記がそれぞれなされていることは当事者間に争がない。
二、成立に争のない甲第七号証、証人板林照夫の証言と原告ならびに被告平尾各本人尋問の結果によると、本件建物はもと被告平尾の所有であつたところ、昭和三二年五月頃同人と訴外板林との間に期間を定めない売買予約がなされ、これに基づき同年一〇月七日板林のため前記仮登記が経由されたこと、原告は昭和四三年一〇月一五日頃板林から右売買予約上の権利の譲渡を受け、同月二五日前記仮登記につき原告のため前記附記登記がなされたこと、その頃原告は被告平尾に対し右売買予約完結の意思表示をしたことが認められる。
そして被告的場が本件建物について有する各登記の順位が訴外板林の仮登記に劣後することは明らかであるから、被告的場としては、原告が右仮登記に基づく本登記手続を求めるにつき第三者として承諾する義務を負うといわなければならない。
三、そこで進んで被告的場の抗弁について判断する。
証人板林照夫、西朝松、武藤武の各証言とこれにより成立を認める甲第一ないし三号証、第四号証の一ないし四、第六号証の一、二、原告本人尋問の結果とこれにより成立を認める甲第五号証の一、二、前出甲第七号証、鑑定人土肥四郎の鑑定ならびに被告ら各本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実関係を認めることができる。
(1) 被告平尾は、昭和三二年春頃、かねて懇意の訴外板林から金一二五万円を利息の定めなく、弁済期を二ヵ月後と定めて借受けたが、これを期限に返済することができなかつたので、同年五月頃板林に期限の猶予を求めるとともに、担保の趣旨で本件建物の売買予約を締結し、権利証や印鑑証明を同人に交付した。もつとも本件建物には当時既に訴外旭川信用金庫のため第一順位の根低当権(極度額一〇〇万円)と第二順位の抵当権(債権額五〇万円)が設定され、他にも竹田敏雄らが抵当権を有していた。板林は抵当権の設定は受けなかつたが、同人および被告平尾としてはもつぱら前記債権を担保する目的で本件の予約をしたものであつて、売買価格や予約完結の期間については特段の定めはなされなかつた。なお、板林が仮登記をするまでに被告平尾から金二〇万円の一部弁済があり、残元金は金一〇五万円となつた。
(2) 原告は被告平尾の姉で、旅館業を営むものであるが、かねて被告平尾の事業が窮境にあるのを見るに忍びず、また親が同被告に与えた本件建物等を失わせるわけにゆかないという気持から、同被告の事業に総額一、〇〇〇万円に及ぶ金銭的援助を与えてきた。そのうち特に明確なものとしては、昭和三五年から同四三年一〇月頃までの間に、前記原告主張1.4.6項のとおりの弁済金、立替金を同被告のために支出し、また同5項の金員を同被告に貸与し、これらを合せると昭和四三年一〇月当時少なくとも金三〇〇万円を下らない債権を同被告に対して有していた(原告主張の1.の求償権のうち、西朝松に支払つた利息から利息制限法所定制限超過部分を控除しても前記金額を下らない)。
(3) 被告的場は昭和四二年一〇月頃被告平尾から初めて金融を依頼され、同年一二月に金一〇〇万円、翌四三年一月から三月にかけて金一〇〇万円、右合計金二〇〇万円を同被告に貸与したが、その担保として本件建物に元本極度額いずれも二〇〇万円の二個の根抵当権を設定した。なお、右貸金のうち三〇万ないし五〇万円は被告平尾の旭川信用金庫に対する残債務の弁済にあてられ、この結果同信用金庫の前記各抵当権設定登記は抹消された。
(4) 昭和四三年一〇月一五日頃、原告は板林照夫に金四〇万円を支払つて前記売買予約上の権利を譲受け、同月末頃被告平尾に対し右予約を完結するとともに、同被告に対して有する債権と本件建物の代金債務とを相殺する趣旨の意思表示をした。なお、昭和四三年一〇月当時の本件建物の価格は金二、三三〇、八七四円であり、被告平尾には本件建物以外にみるべき資産がなく、現在のところ支払能力はほとんどない。
以上の認定を左右するにたりる証拠はない。
被告的場は、原告が僅か四〇万円で本件建物に関する売買予約上の権利を譲受けた行為は、これによつて被告的場の債権の回収が不可能となること等を考えれば民法九〇条に反し無効であると主張するところ、右主張につき判断するには、まずその前提として、かりに原告の譲受が有効であるとした場合の関係者の法律的地位如何を明らかにする必要がある。
被告平尾と板林間になされた売買予約が債権担保のためのものであり、売買価格について特段の定めがなかつたこと、予約完結権行使当時の本件建物の価格は板林の債権額(法定利率による損害金を含む)を大幅に上まわることは上記のとおりであつて(原告は価格を一〇五万円に定めたと主張するが、これを認むべき証拠はない)、右売買予約当事者の合理的意思は、予約完結当時の時価をもつて売買代金とするにあつたと解するのが相当である。本件では右予約上の権利が後に原告に譲渡されているが、その際被担保債権自体の移転はなかつたと考えられる(原告は被告平尾に代つて同被告の板林に対する債務を一部弁済したように主張するが、四〇万円のみを弁済して担保全部を譲受けたとみるのは不合理であり、四〇万円は予約上の権利の対価にすぎないと解すべきである)から、原告は予約完結権行使時の時価相当額全部を被告平尾に支払う義務があり(訴外竹田の抵当権は一応度外視する)、被告的場は被告平尾の右代金債権に対して物上代位に基づく優先弁済権を有するとしても、この優先弁済権は原告の別債権による相殺を禁ずるまでの効力はないと解せられる(破産手続によれば格別)。そして本件売買予約が担保目的でなされたということの意味するところは右の限度に止まるのであつて、それ以上に、例えば予約権者の目的物取得権能それ自体を否定し、あるいは第三者に対する本登記手続承諾請求を制限する考え方を本件の場合にもちこむ余地はないというべきである(被告的場が昭和四三年一二月二六日本件建物につき競売の申立をなし、同四四年二月一八日競売手続開始決定がなされた事実は当裁判所に顕著であるが、前記結論に影響を及ぼすものではない)。
従つて、かりに原告が本件売買予約上の権利を譲受けた行為が有効であるとすれば、原告が売買代金債務と別債権との相殺を主張していることとあいまつて、被告的場の抵当権は実効を失い、債権は回収不能となるおそれがあることは明らかである。被告的場にしてみれば、被告平尾に融資した際の経緯や平尾と原告の身分関係等からして原告の譲受行為に疑惑を抱き、これを不当視するのも一応無理からぬ点がある。しかしながら、前記(2)の認定事実と前掲各証拠にてらすと、原告が訴外板林から本件売買予約上の権利を譲受けたのは、原告の被告平尾に対して有する権利を保全するための窮余の一策としてなしたものであることが窺われる。その際原告が被告的場の存在を強く意識していたであろうことは昭和四三年九月頃原告が同被告に電話して債権額を問合せている事実(被告的場本人尋問により認める)等から推認するに難くないけれども、右譲受が特に被告的場を害せんとする不法不当な目的のためになされたことを認めるにたりる証拠はない。また、前記のとおり原告が板林に支払つた金四〇万円は売買予約上の権利の対価であるから、それが本件建物自体の価格に比し低額であることは当然であり、他にも本件譲渡契約をもつて公序良俗に反すると断ずべき理由はない。結局、被告的場の抗弁は採用できない。
第三、よつて、原告の請求をすべて正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
別紙
目録
旭川市二条通六丁目一〇四番地
家屋番号 同所八番
木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建工場兼居宅
床面積 一階 一二二・三一平方メートル
二階 一〇四・一三平方メートル